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    タグ:レッドドッグ


    この犬死んじゃったんだ。
    いろいろと話題になっていたし、この映画、オーストラリアらしくて(奥地、アウトバックの風景がふんだんに紹介されていた)

    以下、Takechanのブログより紹介。

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    映画『レッドドッグの主役”KOKO”』死す

    11月10日の忠犬ハチ公生誕90周年の記念日に、オーストラリア版忠犬ハチ公について紹介しました。『オーストラリアの忠犬ハチ公『レッドドッグ』忠犬ハチ公が映画になったように、オーストラリアの忠犬ハチ公も映画になりました。去年公開された『レッド』です。

    もちろん実話を元に製作された映画ですが、その主役を務めたのが、ケルピー犬のKOKOでした。彼はもともとショードッグとして活躍していました。彼は実際にキャトルドッグ(牧羊犬)として働いていましたが、2006年そのコンテストで優勝したこともあるそうです。

    その3年後にフィルムトレーナーのLuke Huraによって見いだされて、映画に出演することになったそうです。KOKOは主演級としての質を備えており、映画のために必要な50以上の指示に従うことができたそうです。

    映画の撮影が終了すると、プロデューサーのNelson Wossとともに、映画のプロモーションのために、オーストラリア国内を旅行しました。そこで皆さんから可愛がられ、『オーストラリアで最も親愛なる犬』は、オーストラリア一の有名犬になりました。その名声はオーストラリアだけでなく、ハリウッドではGolden Coller Awardでは、海外映画部門のベストドッグ賞を受賞しました。

    彼にとってベストメイトのKOKOは心臓の病が原因で、7歳でパースでなくなったそうです。KOKOが亡くなっても、この映画のレッドドッグのように、私達の心の中に永遠に生き続けることでしょう。
    これに関する記事 by SMH dated Dec 18,2012

    reddog1
    プロデューサーとKOKO by SMH

    (Takechanのブログから直接読む)

    オーストラリアにもこんな犬がいたのですね。
    全く知りませんでした。
    下記、映画の予告編も、オーストラリアのワイルドなアウトバック(奥地)の様子がよくわかる。
    個人的にかなり「よい」と思える映像!

    おなじみのTakechanのブログより。
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    オーストラリアの忠犬ハチ公『レッドドッグ』


    今日は『忠犬ハチ公』が生まれて90周年と言うので、グーグルロゴに『忠犬ハチ公』が描かれていました。私が東京に住んでいたのはもう何十年も前のことです。渋谷に『パルコ』なるビルガ出来てから、学生や若者を中心に『渋谷ファション』なるものが流行っていました。もちろんあの周辺に住む友達も多かったです。渋谷での待ち合わせに『忠犬ハチ公前』を利用しました。

    『忠犬ハチ公』と言っても、その背景にどんな物語があるかは知りませんでした。『忠犬ハチ公』のご主人が亡くなってから数年も渋谷駅に来ては、ご主人の帰って来るのを待っていたとは。生前に『忠犬ハチ公』の銅像が製作されましたが、その剥製が国立博物館に展示されているとは、知っている人も少なかったと思います。『忠犬ハチ公』については、2009年ハリウッド映画『Hachiko』になりました。

    諸外国には忠犬物語がいくつかあると思いますが、オーストラリアでは、2011年『レッドドッグ』という映画のモデルになった、ケルピー犬(オーストラリア牧場犬)がいました。この犬はその毛の色から『レッドドッグ』と呼ばれていました。この犬を記念した銅像は西オーストラリア州の鉱山の街Dampierにあります。

    レッドドッグを知っている人によれば、人によって別の名前で呼ばれていたそうです。しかし毛の色とその鉱山がある街の土の色から『レッドドッグ』として知られるようになりました。二人目のオーナーJohn Stazzonelliは、鉱山でバスとトラックの運転手をしていましたが、犬を連れて南はパースから北はポートヘッドランドまで、西オーストラリア州を旅行していたようです。

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    レッドドッグの銅像 by wiki

    1975年にオーナーが亡くなっても、この犬は旅行をするのを止めませんでした。あるときは自分で歩いて、あるときはトラックやキャンピグカーなどをヒッチハイクしたと言われています。映画の一シーンでは漁船にのって、日本まで行ったことになっています。これは本当かどうかわかりませんが。

    レッドドッグがこの街に戻って来る度に、獣医に診察してもらったり、住民に可愛がられ人間並みに扱われたようです。そのためにユニオンやクラブのメンバーにも選ばれ、銀行の口座さえ与えられました。
    誰かが毒薬を与えたために、1979年に死んだそうです。その遺体は何処か誰も知られない所に埋められています。しかし彼の伝説は今でも残っており、オーストラリアやイギリスの作家により作品の題材に取り上げられました。その小説をもとに映画化されています。
    もしDampierの街を通りかかることがあれば、レッドドッグの銅像に会って上げて下さいね。 

    レッドドッグ公式サイト



    (Takechanのブログから直接読む)

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