オーストラリアはシドニーから、日々のニュースや情報をかなりの独断でお送りしています。 一般的なオーストラリア情報は、サイト右側の「オーストラリア情報サイト」リストからかなり拾えます.ご参考にどうぞ。 また「旬」の情報を早くお伝えすることを優先と考えていますので、翻訳やら細かなミスはどうぞおおめにみていただければ、これ幸いです。オーストラリア同様、ゆるーい、サイトです。 ご意見、ご批判大歓迎。actusaustralia@gmail.com

    カテゴリ: がんばる日本人

    先月の某撮影でお会いした、ジョージ・カミカワさん。
    このプロジェクトは別にしても、前々から興味があり、是非一度会ってみたい方だった。

    去年(2012年)のこと。
    こちらオーストラリアの超人気番組「Australia's Got Talent」
    (オーディション番組、日本のむかしの「スター誕生」のような番組)
    ここに風変わりな日本人男女のコンビがエントリーし、決勝まで進んだと聞いた。
    その時のことはこのブログでも紹介しました。ここ。

    そして当時の、番組の模様はここYouTube映像で見られます。



    実はその当時はある友人を介して女性の方(のりこさんという三味線を弾くすごい方)は存じあげていたのですが、もう一人の男性(結果的にジョージカミカワさんという方だと後で知った)は聞いたこともなく、本当に日本人なの?といったかんじでした。

    そのカミカワさんに今回、ある番組ロケを通じて密着取材をさせていただいたわけです。

    そしたら、このカミカワさん、すごい。


    詳細はまた番組のオンエアーが決まったら、ご連絡させていただきますが、いやあ、すごい人でした。

    メルボルンは伝統的にこういったバスカーが活躍する拠点としても有名なところなのですが、そのなかでも彼のスタンスと言うか、人気はすごい。

    もともとはカミカワさん、ワーキングホリデーでニュージーランドに来てこのバスカーの世界を知ったそう。そしてニュージーランドで活躍。
    そして一度日本に戻ったのですが、日本(東京、本人は三重県出身)でバスカーをやってみようと考え、それなりにやったようですが、なかなか日本の空気になじめず、再度日本を脱出。
    そしてメルボルンに来たそうです。

    彼のストリートパーフォーマンスを見ていると、音楽はもちろんすごい。
    でも感心するのは、お客さんの心をつかむしゃべり(話術)。
    もちろんバスカーというのは、なんとか通りすがりのお客さんのハートをつかまないといけないのですが、これがなかなかなか難しい。
    彼は多分さんざん苦い体験をして、その話術をおぼえたに違いない。
    決して学校で覚えたような正統派(?)の英語ではなく、現場でお客さんの反応を見ながら、覚え込んだ「実践」英語という感じ。

    うまい英語というより、できる英語というか、、、。
    とにかく現場で通用する英語なのです。

    僕自身は、やはり彼の地元ならではのパーフォーマンス(日本だったらどうなのかな)、そして現場で鍛え上げた「実践英語」これにすごく感心、感動してしまいました。

    番組の都合上、ネタバレなどはまずいので、ここまで。

    来月、2014年1月に、日本の番組で紹介されます。

    もう少しはっきりしましたら、このサイトでまたご案内させていただきます。

    どうぞご期待ください!!


    以下、撮影時の簡単なスナップです!

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    そしてカミカワさんのホームページはこちら。

    みんなで応援しよう!



    以前もここで紹介した、若い3人組のユニット「Cartoon 」

    ついにPVデビューです。このユニット、ボーカルの女性(下記真ん中)は日本人、さつきちゃん。
    もともと街中でバスカーとして頑張っていたのですが、つい最近こちらの人気モーニングショー”サンライズ”で紹介され、あれよあれよという間に人気に!

    下記、You Tubeで、是非ご覧あれ。


    cartoon






    またシドニー在住の方には、耳より情報。
    このCatoon、チャッウッドのモール(駅前のコモンウエルス銀行辺り)のステージで ライブ出演も決定。クリスマスショッピングを兼ねて、是非応援に行こう!

    12月20日(木曜日ーレイトナイトショッピングデイ) 夜7時から9時まで
    12月21日(金曜日) 夕方 4時半から6時半まで(間に15分ほど休憩が入ります)

    個人的なことで恐縮ですが、一昨日うちのかみさんが、「近くのOOマート(日系スーパー)に行ったら、サッカーの小野選手とか言う人がきていて、凄い人だかりだったよ、、」と。

    調べてみたら、あの小野伸二選手、シドニーに来ていたのですね.
    しかも、地元チームと契約して。
    (もちろんサッカーファンならみんな知っていることでしょうが、、、)

    古くは、カズ選手がシドニーにきていた時も、我ら日系人社会ではずいぶん盛り上がっていたし、ぜひぜひ小野選手にはがんばってもらい、我らも応援したいものです.

    下記、ヤフーのニュース(東スポWEB)より。

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    小野伸二 豪州移籍の裏事情

     Jリーグ清水は1日、W杯に3度出場した元日本代表MF小野伸二(33)がウエスタン・シドニー・ワンダラーズ(オーストラリア)に移籍すると発表した。1997年から2001年までJリーグ広島でプレーしたシドニーのトニー・ポポビッチ監督(39)が小野のプレーを高く評価し、獲得に至った。

     一方で、シーズン途中での移籍にはこんな裏事情がある。小野は7月28日に0―3で敗れた横浜M戦の前半で途中交代すると、それ以降は出番がなくなっていった。

     小野の関係者は「実は伸二には当時、海外クラブからオファーがあった。年俸150万ドル(約1億2000万円)以上で条件も良かったのだが、それを断ったら、まったくチームで起用されなくなったようだ。出番がなくなったことで移籍するしかなくなった」と明かした。

     オファーは中東クラブからのものだったという。小野は独特の文化を持つ中東での生活を懸念し移籍を断ったが、時を同じくして清水で起用されなくなった。そこでオーストラリアからのオファーに飛び付いたというわけだ。

     さらにその際の事情について、日本サッカー協会の公認選手代理人はこう推測する。

    「欧州ではクラブが勧める移籍話を断ると、見せしめとして選手が干されるのはよくあること。どんな条件だったのかは知らないけど、伸二が試合に出ていないのだから、クラブ間などで、移籍金などのトラブルがあったかもしれない」

     小野はクラブを通じ「チームを離れるのは非常に残念ですが、新しい環境でもう一度自分を見つめ直したいと思います」とコメント。早ければ6日のセントラルコースト戦でデビューする予定だが、新天地で輝きを取り戻せるか。

    今朝の記事を見てびっくり。
    神出鬼没(?)大忙しのテツヤさんが、なんと韓国に行っていた!
    しかし、韓国料理の感想がなかなか面白かったです。

    以下、朝鮮日報の記事よりご紹介。

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    アルバイトから世界的シェフへ、和久田哲也氏が来韓


     「料理を正式に習ったことも、シェフになりたいと思ったこともなかった」「シェフになったのも全くの偶然」?。そんな日本人男性が、今や世界最高のシェフの一人に挙げられている。オーストラリアで活躍する日本人シェフ、和久田哲也氏(53)だ。シドニーにある和久田氏のレストラン「Tetsuya’s」は、日刊紙『シドニー・モーニング・ヘラルド』の2008年の「今年のレストラン」に選ばれた。英国の外食専門誌『レストラン』が、全世界の飲食専門家たちにアンケート調査を実施して選んだ「世界最高のレストラン50」には05、06、07年と連続でトップ5に入った。和久田氏は10月30日から11月3日まで開催される「ソウル・グルメ2012」に参加する予定だ。イベントに先立ち韓国料理の食材を把握するために来韓していた和久田氏に、先日会って話を聞いた。

     和久田氏は、静岡県浜松で生まれた。幼いころから「外国で暮らしたいという漠然とした夢」があった和久田氏は、オーストラリアを紹介するテレビのドキュメンタリー番組を偶然見てほれ込んだ。1982年、23歳のときに何の計画もなくオーストラリアに渡った。「1年ほど過ごし、英語でも学ぼうと思った」という。

     和久田氏はシドニーで間借りしていた家の家主に「英語学校を紹介してほしい」と頼んだ。家主はすぐに「車に乗れ」と言って、和久田氏をあるレストランに連れていった。「家主には『何のために金を払って英語を習うのか。レストランで働けば英語は当然上達するし、食事もできるし、金を稼ぐこともできる』と言われた。日本人に会うこともなく1日中仕事ばかりしていたら、英語がどんどん上達した」

     このレストランでのアルバイトが和久田氏の人生を変えた。それまで「料理どころかインスタントラーメンも作ったことがなかった」という和久田氏は、レストランの料理長から西洋料理の基本を習った。そして自分で料理を作ってみたところ、それが「意外にも」好評だった。「自分にかなり料理の実力があるということに気付いた」。和久田氏は、1989年に独立して「Tetsuya’s」をオープンし、いっそう料理にまい進した。

     「Tetsuya’s」の特徴は、決まったメニューがなく、その日の材料によって出される料理が変わる点だ。「私の料理が材料から出発したため」だという。「きょう一番いい材料が何なのかをまず見る。調理法はその材料によって変わる」

     和久田氏の代表料理は「マスのコンフィ」だ。「魚のステーキを単にフライパンやオーブンで焼けば、外側は火が通り過ぎてぱさぱさと硬く、中心部は温かいながらも火が通り過ぎずにしっとりと軟らかくて一番おいしい。だから『どうすれば魚の切り身全体を中心部のように仕上げることができるだろうか』と悩んだ。最適の料理法と温度、時間を見つけようと数百、数千回、実験した。そしてついに、魚を60度のオリーブオイルの中に入れて長時間置いておくと、身全体に火が通り、それでいて硬くならないことが分かった」

     このように料理したマスに、美しく刻んだ昆布を乗せる。メディアは「フランスの料理テクニックと日本の味が調和した独創的なフュージョン料理だ」と賞賛した。和久田氏は「何と評されようと関係ない。お客さまが喜んで私の料理を楽しんでくれさえすれば、それでいい」と話し、さらに「料理よりもサービスの方が重要」とも話した。「料理が平凡でもウエーターなどのサービスが素晴らしければ、お客さんはまたそのレストランを訪れる。しかし料理が素晴らしくてもサービスがひどければ、二度と来ることはない」

     和久田氏は韓国滞在中、ソウル・鷺梁津水産市場や可楽市場、ハナロマートなど伝統市場から大型スーパーマーケットまでくまなく回った。和久田氏は「水産市場でイカ、タコ、各種魚介類がいけすで動いている姿に感嘆した。「オーストラリアでは見ることができない光景。ソウル・グルメ2012のイベント期間中、私が作るディナーに(韓国の水産物を)さまざまな形で使用するつもり。もちろん、大好きなコチュジャン(韓国の唐辛子みそ)も」

     和久田氏は「韓国料理が好きで、1週間に1回以上は食べる」と話した。「特に牛の胃袋や腸はとてもおいしい。韓国を離れる前にホルモン料理のおいしい店に必ず行くつもり。残念な点を挙げるなら、韓国料理は調味料が強すぎるということ。素材の味を隠してしまう」。和久田氏はさらに「韓国料理は韓国人が考える以上に外国で知られている」と話した。「今よりももっと世界で愛されるためには、外国のシェフたちに韓国料理を知ってもらうことが重要。韓国の材料、料理の技法を少しずつ用いながら、外国人たちが韓国料理に徐々に慣れるようにすればいいと思う」

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    下記の写真は個人的に過去お世話になった時のスナップショットです。

    テツヤさんの記事はこちらもどうぞ。

    IMG_2090



    おっ、イソガワさんの紹介だ。
    彼の実力は、ファッション界ではすでに、つとに有名。

    「オーストラリアで有名な日本人」としてはおそらく、5本の指に入るだろう。
    そんな彼のウエディウングファッションの記事。
    おなじみマミィさんのブログより紹介させていただきます。

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    オーストラリアのカリスマファッションデザイナー

    オーストラリアを代表するファッションデザイナーに
    京都出身の五十川明さんがいますが、
    今、彼のウェディングドレスのデザインが、
    オーストラリア人女性に大人気です

    isogawa1
    【Mr Akira Isogawa、向かって右側のメガネをかけている方】

    isogawa2
    isogawa3
    【彼がデザインするドレスは、どことなく儚げな雰囲気があります】

    isogawa4
    【オーガンジーが美しいイブニングドレス】

    ちなみに、このモデルさんのヘアーメイクは、弊社所属のヘアーメイクアーティストです
    五十川氏より、アドバイスをいただきながら、ポイントカラーを選びました


    五十川明さんのプロフィール(Wikipediaより)

    五十川 明(いそがわ あきら、1964年 - )は、オーストラリア 在住の日本人 ファッションデザイナー 。
    京都市 出身。佛教大学 卒業。1986年 にワーキング・ホリデー にてオーストラリアに渡り、イースト・シドニーTAFEにて服飾を学んだ。1999年からパリ・コレ に出展するなど国際的に高い評価を得ている。同年、オーストラリアン・ファッション・ウィークでデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。2007年 、第一回オーストラリア・ファッション大賞を受賞する。現在世界11ヶ国でコレクションを販売している



    数年前のものですが、ある雑誌に掲載された五十川氏へのインタビュー記事がありました

    http://www.cheers.com.au/entertainment/interview/94/


    ファッションデザインも好きが講じたものかもしれませんが、
    生活力がないときでも、目標を掲げて
    ひたむきに、そして前向きに突き進むことが大事なんですね

    (マミィさんのブログから直接読む)

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